勉強法01 -難関試験に求められる能力とは?

こんにちは。合同会社SILKORZ(シルカーズ)運営の大学受験予備校キクチアカデミー塾長の菊池です。さて、タイトルにも記した通り、皆さんは、難関試験に合格する為には、どのような能力が必要だと考えるでしょうか?頭の良さ一つとっても、それは様々ですよね。記憶力、回転力、ひらめき、注意深さ・・・などなど。一概に答えは出せないものなのかもしれませんが、僕の個人的な見解において、間違いなくこれは必要不可欠だ、というものを挙げますと、「本質を見極める力」ではないかと思います。そして、それを可能とする能力の為の能力こそ「論理的思考力」ではないかと思うのです。例えば、「勉強が出来る人というのは、実は地頭が良いのでなく要領が良いだけだ」なんていう、賛辞とも皮肉ともとれる言葉をよく聞きます。しかし、その「要領の良さ」という方法論を導ける事こそが、実は物凄く賢い事なのではないか、と僕は思うのです。

いつも言うのですが、試験は所詮は点取りゲームなのですが、しかし、なかなかどうして、そこに普遍的な営みの縮図を見て取る事が出来ます。大学受験の数学は、数学でも何でもないし、英語は語学力を測定したいわけではありません。(私大は除く)では、そこから何が計れるのか?という事を今一度考えてみてほしいのです。もちろん、文系、理系なんてものもありませんし(「便宜的な科類分け」ならありますが、「能(脳)力的区分け」は無く、強いて言えば、好き嫌いが能力差となって現れるくらいなものです)、数字ちっくなものを理系、日本語、知識ちっくなものを文系となんとなく隔てているに過ぎず、よく見れば、国語も数学もやってる事(求められている能力)は全く同じで、せいぜい使われている普遍言語(数字、日本語、記号)に乖離があるだけなのです。例えば、一般的に文系というふうに分類され、あたかも「分厚い六法全書を暗記するんでしょ?」などと言われて「記憶力勝負」と思われがちな司法試験に一番近い教科は、理系と分類されている数学だといえ、その意味するところは、司法試験とは「法律の知識がどれだけ豊富かどうか」を計る試験ではなく「論理的に物事を思考出来るか否か」が問われているのだということです。さらに言えば、東大二次試験なども、過去問をよく分析してみると判ってくるのは、世間の認識とは真逆で、どちらかと言うと、理系は暗記力勝負、文系は思考力勝負の側面が強いんですね、実は。試験前に「その試験の実態が何であるのか」という分析が出来なければ、そもそも試験を受ける前に、その試験の適正試験に落ちているのと同じ事なのです。

すなわち、古文だ、英文読解だ、微分積分だ、という個々の問題に頭を使うのではなく、結局のところ、物事の根幹にある本質や定理みたいなものを見抜く大局観や俯瞰、論理的思考こそが、賢さだと思うわけで、だからこそ、それらを養い、洗煉してゆく為の最適でかつ身近なツールこそ試験勉強なのではないか、と僕は思っているのです。最後に、世間でよく聞く「学歴批判」が全く的を射たものになっていないのは、皮肉なことに、その人に学歴、つまり教養や論理トレーニングの土台が無いからに他ならないんです。だからこそ「東大生は机上のお勉強が得意なだけで、型にハマった考えしか出来ない」というような、まさに「(逆に)型にハマった事」しか言えなくなるわけです。「教科書に書いてる事には詳しいが、他に応用が利かない」みたいなものもよく聞きますが、これも逆で、東大にしろ司法試験にしろ、所詮は「たかが試験」ですが、しかしそれらをパスする人達が、何に長けているのかと言うと、まさに上記したように、問題そのものに頭を使うわけではなく、学歴批判の方々がまさによく言う「他の応用」が利くから、試験「も」突破出来るわけなのです。それらを常に意識して勉強に取り組むだけでも、かなり効能が違ってくると僕は思います。

空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む。(ノーベル物理賞受賞者 アルベルト・アインシュタイン)」 

キクチアカデミー塾長日記

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