勉強法 05 -暗記しようと頑張ってはいけない。

大学受験予備校キクチアカデミー

こんにちは。合同会社SILKORZ運営の学習塾・大学受験予備校キクチアカデミー塾長の菊池です。今回のテーマは、受験生には避けて通れない道である「覚える」という事についてです。数学の方程式、英単語、歴史上の人物や出来事などなど、難関試験を突破する為には、思わず目眩がしてしまいそうなほど覚えなければならない知識が膨大です。もともと記憶力に自信があるという人ならともかく、大多数の人は「どうやったら覚えられるのだろう」と頭を抱えるはずです。かくいう僕自身も、何かを覚えるという作業がとても苦手で、受験のみならず、仕事でも苦労しました。例えば、一日に複数個所で複数人の方々にお会いした際など、覚えるものが「名前」「所属先」「顔」「何を話したか」など、情報量が多岐にわたる為、その都度、悶絶するような思いをしていました。そして、このままではマズイぞと思い、解決策を考えてみたのです。「キクチ式・学習メソッド 04」でも記したように、「どうしたら覚えられるのか」ではなく「何故、覚えられないのか」という視点で黙考してみました。すると、決定的な事に気付かされてしまったのです。

脳科学の文献などにも記されているように、そもそも人は、一度、見たり聴いたりしたものは頭のどこかにシッカリと収納されており、忘れる(消えてなくなる)という事は無いのだそうです。つまり、この事から何が導けるのかというと、我々が苦労をしているものの正体は、「覚える事」「忘れない事」ではなく、「記憶の貯蔵庫へのアクセス」に他ならないのです。前述のように、脳にはシッカリとその情報が置かれているのに、そのタンスの引出しを開ける為の鍵を見つけられない、あるいは、タンスまでの距離が遠くて近づけない、というのが、解決するべき問題の本質なのです。それを解決する為に、僕は紙の真ん中に一本の縦線を引き、左右に「簡単に覚えられるもの」と「なかなか覚えられないもの」を書き出して、両者を比較してみました。すると見えてくるのは、自分は覚える事が苦手だと嘆いてるわりには、過去に好きになった異性の顔や名前はもちろんのこと、好きな食べ物やちょっとした仕種や言われたセリフなどは、むしろ覚えられないもの以上の情報量であるにも関わらずバッチリと記憶している事が解りました。その違いは何か?結論は言うまでも無く、「興味があるか、無味乾燥なものか」という事なんですが、そんな結論だけならば、書店に並んでいる「暗記法」という類の本にもいくらでも書かれていますので、わざわざ僕がここで記す必要はありません。
暗記しようと頑張ってはいけない
僕はそこからさらに突っ込んだ、「では、覚えなければならないけど、どうしても無味乾燥なものに対して、どうやったら興味があるものとして脳に認識させる事が出来るのか」について考えました。ここでも、よくある解決策としては「ゴロ合わせ」や「イメージによる紐付け」などがありますが、僕はそういった奇をてらった裏技ではなく、また別の視点から解決策を提示したいと思います。それは、「実は、もともと無味乾燥なものはない」という事です。かつての僕を含めた受験生は、とかく「たくさん覚えなきゃ」と思うあまり、本当は無味乾燥ではないものまで、わざわざ自分から雑然としたものに区分けしてしまう悪癖があると気がつきました。実体験を例にあげます。中学生の頃に新聞配達をしていた際の事です。そこで配っていた新聞の種類に「建通新聞」と「建産新聞」という似た銘柄がありました。それを、「株式会社アート」という会社や「株式会社アース」という、これまた似たような名称がたくさんある数十社もの企業へ配達しなければならない為、配達員は皆ミスをしてしまう現状でした。ところが、そんな中にあって、何故か僕だけが一度もミスをしなかったのです。それは、僕が特別に優秀だったからでは、もちろんなく、ある「理由」があったのです。それは、僕が両新聞の内容を読んだ事があり、違うことが書かれている事を知っていて、さらに届け先の企業の業務内容も「アート」はゲーム関連、「アース」は小売店と知っていたのです。この事から何が言えるのかというと、僕は二つの銘柄と二つの企業をそれぞれ「別のカラー」として識別出来ているから混同しないのだという事です。それに対し、ミスをする人達は、識別ポイントが希薄な為「紛らわしい同じようなもの」として認識してしまうのです。カバとネズミの外見を知っている人なら両者を間違える事はありませんが、言葉だけで「哺乳類でグレーで四本足で大きな牙が生えているのがカバ」「哺乳類でグレーで四本足で尻尾が長いのがネズミ」と聞かされている人は、覚えるのに苦労し、いずれゴッチャになってしまう事でしょう。
暗記しようと頑張ってはいけない2
この理論をそのまま試験勉強へ用いるのです。例えば、「不規則動詞は覚えられない」などという声をよく聞きますが、何故、覚えられないのかというと「不規則動詞として認識するから」に他なりません。「find」が「found」に変化する、というふうに、わざわざ「バラバラにして」「覚える項目を増やして」認識するのではなく、「found」を覚える際に「find」をいちいち出さず、そのまま「found=見つけ出す・捜し出す」というふうに、余計な情報を排除したシンプルで画一的な本来の形で覚えればよいのです。歴史の知識で言えば、「唐」という国の「義浄」という名前のお坊さんが「南海奇帰内法伝」という書物を著した、というのは、もともと一つのセットなのです。それを受験生はわざわざ、他のお坊さんである「東晋」の「法顕」を出したり、「大唐西域記」の「玄奘」を出したりして、どれがどこに当てはまるんだったかな、と面倒臭いパズルを自分から作ってしまっているのです。もう一度言います。それらは、もともとバラバラではなく「3つセットで一個の独立した項目」なのです。そして、数学の方程式など典型ですが、そのセットをバラさない為の工夫の術として、言葉を棒暗記しようとするのではなく「個々のカラー(意味)」を認識すればよいわけです。そうすれば、たとえ「愛知」と「愛媛」が似ていようとも自分の出身地を間違えるなどという人はいないし、「アメリカ」に行くはずが「アフリカ」行きの飛行機に乗ってしまう人がいないのと同様、人間の頭には嫌でも両者の違いが明確に記憶され、かつ自在に引き出せるようになるのです。無味乾燥なものをどうにかして暗記しようと四苦八苦するのではなく、解決策は、無味乾燥という「オモチャ箱」に雑然と放り投げていた知識達を拾い上げて「意味」というラベルを付ける事によって「その他たくさん」から差別化する事なのです。

キクチアカデミー塾長日記

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