勉強法 07 -夢を捨てよう-

こんにちは。合同会社SILKORZ運営の学習塾・大学受験予備校キクチアカデミー塾長の菊池です。さて、今回はなかなか誤解を招くようなタイトルをつけてみました。常々、生徒達に「努力で現状をひっくり返そう」「やれば必ず出来る。決してあきらめるな」などと声高に言っている僕が、唐突に「夢を捨てよう」ですからね。どういう事か説明します。まず、僕は「夢」を捨てよう、と言ったのであり、一言も「目標」をあきらめよう、と言ったのではないという事を先に述べておきます。なんだか屁理屈のような話に捉えられてしまったら恐縮なんですが、大真面目です。「夢」という言葉に「にんべん」をつけると、あっという間に「儚い(淡く消え易い)」という意味になるように、どうも「夢」という言葉には「叶わないもの」という前提的なイメージが付着しているような気がしてならないのです。つまりそのゴールを「夢」と崇めているうちは到達する事は限りなく厳しいので、自分の到達したいゴールを「夢」というふうに認識するのではなく、あくまでも「目標」として、「叶うもの」と強く潜在意識に組み込んでほしいのです。そして、この方法論はあながちイメージ的なものではなく、脳科学的・心理学的な側面からも、ある程度、説明が出来る事なのです。

みなさんも一度は聞いた事があるかもしれませんが、「重量挙げ」や「自転車」の話などが有名な実例ですよね。まだ持ち上げられた事のない重量をサポート役が「既に持ち上げられている重量だ」と嘘をついてリフトさせてみると本当に持ち上がったり、まだ自転車に乗れない子供の後ろでお父さんが支えているフリをしながら手を離すと、それを知らない子供がそのまま独力でスイスイと走れてしまったり、というものです。僕自身の実体験も紹介します。僕はかつて事業に失敗して借金苦に陥っていた際に、仕事が激務な代わりに給与が良いからという理由で大手自動車メーカーの組立工に従事していた事があるのですが、その時のエピソードです。前述したように組立工の仕事は、とにかくキツイ事で有名で、実際、「何日、逃げずにもつか」と言われるような世界でした。しかし、幼少期よりボクシングやレスリングで鍛えていた僕にとっては、体力的にはそれほどキツイとは思わなかったのです。そう、あくまでも「体力的には」です。(笑)そんな僕が、正直キツイと思ったのは、「手先の器用さ」を異常に求められる工程を担当した時でした。ちょっとやそっとの器用さではなく、不安定な体勢で、絶妙の角度でボルトを打ち込んだり、ゴムをはめ込んだり、部品を着装したり、という作業を厳しい秒数で確実にこなさなければならないのは、僕にとっては苦行でした。そしてある日、そんな僕が「最も器用さを求められる工程」をやるよう指令を受けたのです。もちろん研修ではボロボロの出来で、僕は完全に「苦手意識」に苛まれ、泣きそうな心境でした。

しかし、その工程を始める前日の直前研修で意外な事が起こります。まず、先輩方が皆、「良かったな菊池、楽勝過ぎる工程だぞ」とか「前も凄く不器用なやつが担当していたけど、簡単にこなしていたぞ」とか「出来なかったやつはいない」などと言うのです。そして、実際に「あいつはプラモデルもろくに造れないくらい不器用なやつ」という人が、スイスイと仕事をこなしてゆく様子まで見せられたのです。さらに、僕が何か部品を一つハメようものなら「スゲー!速い!」「こんな上手いやつ初めて見た!」などと賛辞のオンパレードまで受けました。そうなってくると、僕も調子に乗ってきて「出来るかもしれない。いや、出来るに違いない」と強気になってきて、後日の本番では、その工程を無事にこなせてしまったのでした。はい、もうお判りですよね?そう、これはベテランの先輩方に一芝居打たれていたのです。その工程は実際、凄く器用さが求められる作業なのですが、そこへ苦手意識を持っている僕を普通に放り込もうものならボロボロになる事は目に見えていた為、先輩方が「不器用なブタ」である僕を「おだてまくって、木に登らせた」わけです。この事から導ける教訓・方法論は、「出来ると信じ込もう」という方ではなく、むしろその逆説で(キクチ式・学習メソッド04参照)、潜在的には出来るのに「出来ない」という「苦手意識」が、本当にそれを出来ないものにしてしまっている、という事に他なりません。勉強とて同じ事なのです。「東大生は、雲の上の人」などと思っているうちは、そこへ到達するのは厳しいかもしれません。が、実は東大生が雲の上にいるのではなく、自分の中の「出来ない」というネガティブな感情がその対象を雲の上へ引き上げてしまっている、という事に気が付けば、おのずと潜在意識下に「やれば必ず出来る」という強い想いを根付かせる事が出来、日々の勉強の能率も飛躍的に上がる事になります。皆、同じ人間、やれば必ず出来るのです。

出来ると思えば出来る。出来ないと思えば出来ない。これは、揺るぎ無い絶対的な法則である。


パブロ・ピカソ

キクチアカデミー塾長日記

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