【福島原発事故】漆黒の暗闇の中で闘いつづける人たちがいた!『Fukushima50(フクシマフィフティー)』あらすじ感想@新宿TOHOシネマズ

先日2020年3月7日(土)、『Fukushima50(フクシマフィフティー)』を新宿TOHOシネマズで鑑賞しました。

今回は、映画のストーリーと感想、そして簡単なレビューをブログにて紹介したいと思います。

 

目次

アクセス

今回、わたしが映画を観た場所は、JR新宿駅東口から徒歩7分、新宿歌舞伎町のセントラルロードを進みゴジラヘッドがある建物が「新宿TOHOシネマズ(東京都新宿区歌舞伎町 1丁目19-1 新宿東宝ビル3階)」さんです。

 

死の淵を見た男

この映画の原作は、門田隆将様の「死の淵を見た男 吉田昌朗と福島第一原発の500日」で、著者が実際に東電の吉田前所長にインタビューをし、事実を書き記した作品です。

この映画の関係者に聞いたところによると、津波のシーンや爆発のシーンはコンピューターグラフィックで作られ、制作に1年の日数を要したそうです。

この映画は、目頭が熱くなり手に汗を握る迫力、そして感動したのと同時に、自分だったらどのように行動をしたのかと非常に考えさせられる作品でした。

是非、日本の、否、世界の人に観ていただきたい映画です。

これから、この映画を観よう思っている方は是非、参考にしていただければと思います。

 

福島が日本を救った⁉ 門田隆将氏の取材のきっかけ⁉

「私が描かなければ、作業員が第1原発の中でどんな戦いをしたか知られないままになると思っていました。日本のマスコミは主義主張やイデオロギーに固執する。原発事故を罵倒はしても、中で何が起きていたかは絶対に明らかにされない、と。原発の中で日本人がどう戦ったか、後世に残すのが同時代のジャーナリストである私の役目だと思っていました。事故が起きた2011(平成23)年3月中に動きだしましたが、ガードが固く苦戦しました。やっと吉田さんを直接取材できたのは1年4カ月後の翌12年7月。『俺は何も困ることはない。真実は何でも話す』と言ってくれました」

引用:福島民友新聞

 

『Fukushima50』のあらすじ

映画『Fukushima 50』(フクシマフィフティ)予告編

・邦画 2020年
・監督 若松節朗
・出演 佐藤浩市、渡辺謙 他

マグニチュード9.0、最大震度7という巨大地震が起こした想定外の大津波が、福島第一原子力発電所(イチエフ)を襲う。浸水により全電源を喪失したイチエフは、原子炉を冷やせない状況に陥った。

このままではメルトダウン(炉心溶融)により想像を絶する被害をもたらす。

1・2号機当直長の伊崎ら現場作業員は、原発内に残り原子炉の制御に奔走する。

全体指揮を執る吉田所長は部下たちを鼓舞しながらも、状況を把握しきれていない本店や官邸からの指示に怒りをあらわにする。しかし、現場の奮闘もむなしく事態は悪化の一途をたどり、近隣の人々は避難を余儀なくされてしまう。

官邸は、最悪の場合、被害範囲は東京を含む半径250㎞、その対象人口は5,000万人にのぼると試算。それは東日本の壊滅を意味していた。

残された方法は”ベント”。いまだ世界で実施されたことのないこの手段は、作業員たちが体一つで原子炉内に突入し行う手作業。外部と遮断され何の情報もない中、ついに作戦は始まった。

皆、避難所に残した家族を心配しながら・・・

引用元:Fukushima50(フクシマフィフティー)パンフレット

映画を観る前に知っておきたい用語解説

『Fukushima50(フクシマフィフティー)』は、専門用語を知らないと途中から付いて行けないシーンがあるので、映画を観るうえで最低限知っておきたい用語をパンフレットから紹介します。

イチエフ 福島第一原子力発電所の略称
中央制御室(中操) 原子炉建屋内で運転を行うエリア
緊急時対策室(緊対) 非常時に司令部となる原発内の施設
スクラム 原子炉の緊急停止
SBO(Station Black Out) 全交流電源喪失
原災法十条 原子力災害対策特別措置法第十条
メルトダウン 炉心溶融
ベント 原子炉格納容器の圧力を下げるため、弁を開け容器内の気体の一部を放出する作業

引用元:Fukushima50(フクシマフィフティー)パンフレット

『Fukushima50』のレビュー①

映画の感想を書く前に、3.11の未曾有の大地震により犠牲になられた多くの方々や家屋などの流失等で被災されました皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

2011年3月11日、2時46分、わたしは茨城県で「大峯食堂」という店名の中華料理店を営んでおり、従業員のまかないを作っている最中でした。ドーンと言う大きな音と同時に大地が揺れ出しました。調理場のどんぶりやお皿は地面に叩き落され、従業員の手をひっぱり外に出てみると、一直線に続く国道は柔らかいねんどのように大きく揺れ、自動車は宙を飛ぶかのように跳ねておりました。

茨城県も被害は甚大だった

写真は、わたしが当時、福島県に向かう途中に茨城県の大洗町漁協で撮った写真です。

様々なメディアでは、その当時、福島県の報道が多かったのですが、実は茨城県の日立や鹿島などの被害も甚大でした。

 

『Fukushima50』のレビュー②

人は死の淵の事態に直面した時に、人は何を想い、そしてどう行動するのか?

映画は、福島第一原子力発電所(イチエフ)を襲う大津波から始まります。

原子炉建屋は、海面から10メートルのところにあり、過去に10メートルを超える津波は歴史上なかったことから、当時の現場で働く社員たちは超えることはないだろうと思い込んでおりました。

地震発生から50分後、津波はDG建屋を襲い、海そのものが高くなり10メートルを超え、命綱であるディーゼル発電機が止まってしまいます。

そんなこと起こるわけないだろうと言った慢心さがこうした驚愕な事態を起こしたのだと思います。

最悪な事態「SBO(Station Black Out:全交流電源喪失)」が起きてしまい電源が落ち光を失ってしまいました。このままでは原子炉を冷やすことが出来ず爆発してしまう事態になります。翌3月12日には次々に建屋に充満した水素で爆発し、冷却水の水位が下がり、燃料棒が剥き出しになってしまいました。緊急時対策室の吉田社長と中央制御室の伊崎は、現場の作業員とともに体を張って原子炉の制御に奔走していきます。

当時のことを思い起こすと、東京電力がメルトダウンを公表したのは2か月後の5月24日でした。政府が意図的に隠していたのか否かは分かりませんが、テレビや新聞での情報では、全電源喪失、そして注水が出来ない状況、放射線量が増える中で誰もが逃げ出さず現場にとどまり最後まで奮闘した姿が、この映画を通して真実を知ることができました。

本作品を観て知ったのですが、もし、格納容器が爆発していたら、チェルノブイリ原発事故の10倍の事態をまねいていたほど、驚くほどの最悪の事態だったとのことで、この未曾有の原発事故と真正面から闘った吉田前社長は、原発の是非論は無しにしてこの精神に感動しました。

もし・・・自分だったら、この極限状態で逃げ出さずに闘うことができただろうか?

もし・・・自分だったら放射線量の高い漆黒の闇の原子炉の中に”ベント”のために突入することが出来ただろうか?

わたしは不撓不屈の精神力をもって立ち向かう吉田前社長、伊崎利夫の姿をみて、どんなに地獄のような状況であっても、誰かに役に立ちたいといった気持を忘れず、愛と勇気を持って立ち向かえる人間になりたいと思いました。

 

 

まとめ

今回は、『Fukushima50(フクシマフィフティー)』を新宿TOHOシネマズで鑑賞した感想を紹介しました。

この映画の原作は門田隆将氏の「死の淵を見た男 吉田昌朗と福島第一原発の500日」で、著者が実際に吉田前所長にインタビューをし、事実を書き記した作品です。

この映画は、目頭が熱くなり手に汗を握る迫力、そして感動したのと同時に、自分だったらどのように行動をしたのかと非常に考えさせられる作品でした。

是非、日本の、否、世界の人に観ていただきたい映画です。

映画の最後の福島県富岡町にある夜ノ森の桜並木を見上げるクライマックスシーンが、何とも言えない印象的なシーンで、復興の喜びと力強く生きていく人間の姿がとっても心に響きました。

これから、この映画を観よう思っている方は是非、参考にしていただければと思います。

 

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